2020年4月26日日曜日

新しいパソコンを買ったので、それを使って入力中。

迷惑メイルが多くなってきたので新しアドレスを
プロバイダーから取得したまではいいが、どうやら
メイル設定のプロセスを間違ったらしい。

過去に何度かやってきたことなので甘くみてたら
なんだか、今までより手続きが面倒。

結局メイルは開通できていないので、明日にでも
プロバイダーに相談してみる。

エクセルやワードも認証が必要なんだけど
メイルで受信したセキュリティコードを
入力しないと動かない仕組みになっている。

今まではプロダクトキーを入れたら動いたのにね。

新しいことへの対応ができにくくなってきたことを
実感。やっぱり歳だね。枯れてきた?

2020年3月25日水曜日

新型コロナウイルスは人類発達の副産物か

世界中が新型コロナウイルスの感染でパンデミック状態になってしまった。
人類が「グローバル」に発達したのはいいが、一緒にウイルスまでグローバル化。


ここ20年ほどで、人類はグローバル化をなしとげた。
「より早く」「より多く」「より多様に」が具現化。、


これを発達といえばポジティブだが、大きなネガティブも
表裏一体で発達してしまった。




すなわち
①人の交流がグローバル化。
②物のやりとり(物流)がグローバル化
③金のやりとり(金融)がグローバル化
④情報のやりとりがグローバル化。
 インターネットに象徴される。
そして
⑤貧富の差拡大のグローバル。
 日本はこの間まで1億総中産階級だったのに!
⑤感染症のグローバル化。
  SERSあたりから本格的に始まった?


その反動(反グローバル化)として、バランスをとる動きも次々出現。
①イギリスのEU離脱。
②「America First」トランプ大統領の登場



あ、この流れの始まりはソ連崩壊かな?
米ソ二大勢力のバランスが変わったことが
グローバルから反グローバルへの誘因かな。



2020年3月23日月曜日

過去との決別

去年から断捨離だか終活だか、身の回りの物を整理し始めている。
が、完了にはまだまだ。だいたい三分の一くらいかな。


いや、手がけてはいるんだけれど、捨てがたくて戻したりしているもの
もあってどうも円滑には進まない。


もう10年以上も見たこともない、使ったこともない、触ったこともない
そういうものばかりなんだから無くなっても困りはしないはず。


それどころか、先だっては小学校の頃に読んでいた図鑑がほしくなって
いろいろ検索してたら見つかったもんだから、しめたとばかり1000円で
買値をいれた。


残念なことに100円差でほかの誰かが落としたけど、まだ未練がある。
う~ん、これはいったいどういう心理なのか?


断捨離って自分が気に入ってたもの、大切にしていたもの、価値を
感じていたものとの別れ。過去との決別。


なので過去の否定にもちょっと結びついているような趣もあるので
なかなかに難しい。


過去と他人は変えられないが将来と自分は変えられる、っていうのと
どこか似ている。自分が変わらないと捨てられない。


そうだよ。心変わりしないと。
好きだった女の子をあまり好きでなくなったら「心変わりした」と
言うよね。


この先、あんまり長くないんだから、心を鬼にして心を変えなくては。
ん?心を変えるために心を鬼にするのかな?


どっちにしても、なんだか、やっぱりむずかしそう。









2020年3月10日火曜日

え~と、8年ぶりくらいの投稿。だれも読まないブログだからね。
久々なので勝手がわからず、パスワードも変更させられた?

新型コロナウイルスのせいで世界中が混乱してるけど
自国を守るためにはどの国も自国ファースト。

日本の対応が台湾とくらべると”大甘”に思える。
平和ボケ対応?

2012年1月22日日曜日

2012年の初投稿

実に久々の投稿です。
今日は朝から雪かき。重かったぁ(汗汗)。



「いやぁ、大変だった。このあと児童センターでまた雪かきだぁ」と考えたら
食欲が急激になくなったんで朝飯を食べずにでかけました(苦笑)。
でも菓子パンを持っていったので、1時間ほど雪かきをしたあと
コーヒーを飲みながらパクパク。





今日の児童センターは日曜にしてはめずらしく二組の利用者がいて
結構忙しかった。私は本来は休日だったんだけど、町内の餅つき大会なので
参加。と言っても、町内役員としてよりも気分は館長でしたから気楽ではなかった。





餅つき大会が終わってから家でグリーンチャンネルで日曜競馬。
昨日からはわたくし専用テレビで遠慮せずに競馬を見ています(笑)。

昨日は5レースのうち4レースで切った馬が複勝にからんで
転がしていれば千円が6万円になったのに、へたくそめ(笑)。
今日は、買い忘れと弱気で2レースを取り損ね(泣)。
俺って本当にへたくそですねぇ。

ひょっとしたら競馬が向いてないんじゃないのと思えるほどの
へた馬券の連続。 性格の問題もあるかも(汗)。

2011年8月7日日曜日

近所の川で魚釣りしたら少年時代に戻った気分

最近、近所の川で釣りをするようになった。
なんだか子供の頃を思い出して、にわかに釣りをしたくなったんだよね。

で、先日のこと。大きなミミズを餌にして糸を垂れていたら、ググッと手ごたえ。
バタバタともしないまま、なかなか寄ってこないのでゴミでも引っ掛かったと
思った瞬間、”ゴミ”が上流へ動いていくではないか(?_?)。

う~む、むむと手元に引き寄せると魚の背中が見えた。
で、でかいぞっ!
糸も針も細いので切れてしまうのではないかと慎重に慎重に
たぐりよせて何とか網ですくい上げました。

これって鯉?


後から調べてみたら”ニゴイ”という種類のようです。

バケツに入らないくらい大きいので、しばらくそのままに
しておいたせいか、10分後にリリースした時には
腹を上にしてゆらゆらと流されながらも、ときどきひれを
動かして、岸辺のよどみに横たわっていました。

翌日の夕方には姿が見えなくなっていたので
果たして死んでしまったのか、それとも元気に
なって泳いで行ったのか^_^;。

川釣りは50年ぶりくらいでしたが、今までに経験のない
大物だったので、すっかり興奮してしまいました。

歳をとっても少年の頃のどきどき感が味わえて
ハッピーでした。

次は元気なうちにリリースします。そんなに都合よく
釣れるわけないか(苦笑)。

2011年6月19日日曜日

母の一周忌

明日6月20日は母の命日。あっという間に1年が経ちました。
日曜日なので今日19日に親しい親戚を呼び、一周忌を執り行いました。

当初、お寺で拝んだ後は自宅で会食の予定だったが
出前を頼んでいた大清水多賀の部屋を借りた。

庭がきれいだし、会場も広い。
何よりも片付けがなくて楽でした。
これはアイデアを出した娘のおかげ。

十日ほど前に風邪をひき、仕事を3日休んでしまった。
布団に寝ると鼻が詰まって口呼吸になったり、
熱が出て体中が汗ばんだりしているうちに
去年の今頃の母もこんな状態だったなぁと思いだした。

「ひょっとして呼ばれているのかと思ったよ」 と女房に言ったら
「あらまぁ弱虫だねぇ」だって。
「亡くなってからも親孝行してんだよ」と言い返しましたけどね(笑)。

寝込んでいたら読書がはかどって積読を何冊も読み終えた。
ずっと読もうと思っていた母の愛読書 『工藤写真館の昭和』 も
その中の一冊。



著者である工藤美代子さんの母、初枝さんと
父、哲朗さんが物語の主人公。
その初枝さんと私の母は付き合いがあった。

本の中に何枚かの初枝さんの写真と
母と一緒の初枝さんの写真が1枚はさんであった。



母が初枝さんより五才ほど年上なのも、この本で知った。
「とってもお洒落で素敵な女性だった」と良く話をしていたが
それもこの本を読んで納得。

母は沢山の句や作文を遺した。
これをなんとか整理してきれいにまとめられれば
三回忌の遺稿集ができるんだけど、できるだろうか。

このヒントは同級生の若尾さん、柳橋さんから聞きました。
同期の女性群は何事もパワフルにこなすなぁ。

2011年5月30日月曜日

県庁の権威主義

その1
5月26日の岩手日報2面に、東日本大震災津波復興委員会が
(委員長・藤井克己岩手大学長)が復興6年案、8年案、10年案を
出したことに対して、大船渡市長から
「現実的でない。被災地の声を反映したのか。仮に沿岸市町村が
10年計画をつくったらどう整合性をとるのか」 と批判したとの記事。

これに対し藤井委員長は「委員に現地被災者が少ないのは確かだ」
と語ったそうだ。

その2
岩手競馬の将来を考える委員会(委員長・藤井克己岩手大学長)を
わたくしは二度傍聴したが、藤井委員長さんはどう議論をさばいて
よいのか、困っている様子でした。問題がなにかわからないからでしょう。

委員会も当然建設的な議論はなく、後日の岩手日報にも
「熱意もなく委員会の意味がない」という厳しい意見が掲載されていた。

どちらも県にとってはきわめて重要なテーマ。どちらの委員長も
岩手大学の藤井学長。どちらも現場を理解しない議論。

識者をメンバーにすればよいという安易な県の発想。
適任者とは思われないのに安易に引き受けてしまう学長さん。

現場(現状)を把握せずして、机上の空論で方向付けしてしまうのは
東電でも起きていたこと。東電では現場の吉田所長が反発したけど
岩手県では大船渡市長さんが反発。

事件は現場で起きている。
なので「現場から遠くなればなるほど、現場と遊離した議論になる」のは
アメリカのTVAでも起きていた、と本で読んだことがある。

どんな組織でもこういう問題は起きやすいので、これを起こさない
組織運営をできる経営センスが大事ですね。知恵を出せ。

2011年4月15日金曜日

児童センターの仕事を初めて二週間たちました

4月1日から近所にある児童センターの館長をやっています。
本来は先生経験者が就くポストらしいのですが、たまたま町内に
該当する退職者がいなくて私におはちが回ってきました。

私には年ごろを過ぎた子供が3人おりますが全員独身(泣)。
なので孫が欲しくてもかなわぬことです。児童センターには
小学1年生から4年生まで30人以上が放課後遊びに来ます。

ほとんどが両親が共働きで、いわゆるカギっ子です。
私にしてみれば一挙に孫が大量発生したみたいです(笑)。
誰が誰やら、まだ数人しか顔と名前が一致していません。

まるでAKB48状態なので名前を覚えるまでひと苦労です。
みな、本当に可愛いんです。毎日ほほが緩みっぱなし。

このような退職後生活になるとはつい3カ月前までは
予想もつかなかったことです。ありがたいことです。

2011年3月27日日曜日

新しい職場にはどんな課題がありそうか

4月1日から近所にある「児童センターの館長」に就きます。
いままで何度か引き継ぎの打ち合わせをして感じたこと。
私が勤務する9時~15時の時間帯は、小学生も町内会も
あまり利用する人がいないようです。留守番が仕事かい(苦笑)。

施設は、100㎡くらいの体育館、10畳くらいの図書室、
そして30畳くらいの畳の和室。民間ビジネスマンの感覚から言えば
「利用効率」が低い。 では、あいている午前中をどうしたら有効に活用できるのか。

午前中から自由な時間を持っている人たちが潜在顧客です。
退職した高齢者とか専業主婦しか思い浮かびませんけど、
この人たちが利用したくなるメニューを提供することで、
施設の利用効率は高くなるはず。

とくに高齢者の健康づくりは国策にしなければならないほど
重要なテーマです。体育館が役立ちそう。
しかし、なにか新しい事をやるとしても予算がありません。
なので、お金のかからない方法か、お金をいただく方法を
考えなくてはなりません。

楽しい体力づくりのメニューとして「ソウル・ダンス教室」はどうだろうか。
 ヒップホップよりも動きが穏やかだし年輩者には懐かしい名曲も多い。
インストラクターはわたしの仲間がボランティアで担当。
基本のステップは私がやってもいいけどね(笑)。

あと、縄跳び。手軽な道具で初心者でも楽しめそう。
インストラクターは募集ですね。町内にいればベター。

などという事を考えても実現できるかどうか分かりません。
まずは、発言力を強くできるようまじめに努力します。

2011年3月19日土曜日

はたして過剰反応か?

ブログやネットを読むと、東京から西に避難している人が増えているようだ。
東京にいる長男からも「逃げた方がいいかな?」のメイル。

チェルノブイリのようにはならないから逃げなくていいと返事をしたが
「そうかな?」と疑心暗鬼。

原発が核爆発しないのに、人間の恐怖心が連鎖反応して核爆発気味に
避難心理を拡大しているのだろうか?

そうさせたのは、政府広報のまずさにある。
正しく伝えていても、こんな時に人は冷静には理解できない。
いわきのほんの一部に退避命令、と言っただけでいわき全部が避難。

そもそも信用されていない菅総理の内閣だから、だろうね。
原発の現場に飛んで行って邪魔したり、東電本社に殴り込みを
かけるなど、どうもなぁ、違うんじゃないの、の対応だらけ。

なんとか上手に対応し、広報してもらいたい。
ないものねだりかな(悲)。

2011年3月17日木曜日

絶望的な福島第一原発の状況

今日、ヘリコプターから水を注入するオペレーションがあった。
ニュースで見た限り、うまくいっているとは思われない。
文字通り 「焼け石に水」。

海水は豊富にあるので、仮に注水がうまくいったとしたら
何が起こるか?塩分含有率が濃くなり続けるのではないか。

冷却水(海水)を循環しつつ、排水と注入をしない限り
高濃度海水 ⇒ 塩 となる。
結局のところ冷却はできなくなる、と私の未熟な推測の結論。

現地から遠く離れている私でも、絶望的な気持が日増しに強く
なっているんだから、福島の人たち、避難させられた人々は
どんな気持なんだろう。

故郷を捨てて、東京に移り住むことを決めた人がニュースで
紹介されていた。元どおりのきれいな故郷になるまでに
何十年かかるかわからない、と判断したようだ。

私は原発賛成派だったが、これほどまでにひどい状況を
引き起こすとは、考え方を変えざるを得ない。

火力発電(炭酸ガス発生機)による温暖化の方がずっとましだ。
そもそも ”炭酸ガス=温暖化の主要因” も仮説であって、
(不都合な)真実かどうかは、まだ実証されてはいない。

しかし、原発の危うさは残念ながら日本でも実証されてしまった。
スリーマイルやチェルノブイリで実証済みとはいえ、技術水準の
高い日本で起きてしまうとは残念である。

一年後、このことに関連して何を書けるようになっているか。
さすが日本の技術はすごかった、と書きたい。書かせてください。

2011年3月15日火曜日

まるで小松左京の『日本沈没』

地震から5日目の夜22時30分頃、静岡東部で震度6+の地震が発生。
NHKのスタジオも揺れているので、慌て気味な様子が伝わってくる。

1973年(昭和48年)に刊行された小松左京の『日本沈没』を思い出した。
大地震と大津波が次々と日本におそいかかり、ついには日本が沈没して
しまう壮大な小説。

これほど大きく、長い期間余震が続き、いや、震源地が静岡や長野にも
拡散し、日本中で頻発するようになるのではないかと不安な気持ちになる。

11日の東日本大地震以来、買いだめパニック、ガソリン不足で日本中が混乱。
なによりも東京電力福島原発の相次ぐ爆発が国民を恐怖に陥れている。

学者よりも、小説家、漫画家が自由な発想で創作するためか、荒唐無稽と
思われたことが今になって当たってることにたまげた。

つづく

2011年3月14日月曜日

東日本大震災

2011年3月11日(金)の14時から半公共施設のエスポワール
「岩手短角牛セミナー」に出席していた。

知り合いのステーキレストランのオーナーから農商工連携の
申請書作成を依頼されたので勉強のため参加していたのである。

14時45分頃、突然サイレン音みたいなけたたましい音。
??。誰だ、会議中にこんな待ち受け音で。非常識な奴。
ん?でも、部屋のあちこちから聞こえるのはなぜなんだ?

と考える間もなくぐらぐらと揺れ始めた。
そうか、地震警報をキャッチする携帯なんだ。
それにしても、長く大きい揺れだなあ。ちょっと薄気味が悪い。

間もなく 「この部屋から退避するよう管理者から指示がでました」 と
アナウンス。 各自に配布されたパック牛乳を持って出ようか、
どうしようか。また戻るかもしれないから、と考え持って出なかった。

後ろの席に、ステーキレストランオーナーから紹介される予定の
人がいたので(名札でわかった)、「こんなところでなんですが、
今日ご紹介いただく予定の者です」と名刺交換。

いや、それくらいの余裕があったんです。盛岡では。

外に出たら、向かいの消防署から消防車が出動準備。
外にも沢山の人が出ているが、「いやぁ、凄かったね」と
談話状態で緊張感はあまりなかった。

我が家は築85年の瓦屋根の家なので、最悪ならつぶれて
るかも、瓦は落ちてるだろうなぁと帰宅したら、あらうれしや
家はそのままで瓦も落ちず、家具もほとんどそのままだった。

明日は予定通りスキーに行けそうだな、などと考えてました。
地震恐怖症の妻も帰宅し、その辺に転がっていたものや
庭のひび割れた写真を撮って「被害発生」などと面白がったり
していたら、何度か余震が。

北帰行の時季ということもあるけど、やたらに白鳥が
北に向かっているのは、なにか異変を感じているからか。

つづく

2011年3月13日日曜日

巨大地震

3月11日午後2時46分の地震から二日目の朝です。
テレビはどの局も地震関連です。

我が家では水道、ガスは止まることがなく、昨日の夕方、
待ち望んでいた電気が着き、ホッとしました。

しかし、テレビで沿岸の被災状況を見ているうちに、
あまりの惨状にショックを受けてしまいました。

自分ができることはなになのか。
今のところ義捐金しか思い浮かびません。

我が家では多くなりすぎた本や家具、衣類の整理をしています。
捨てるつもりの家具を送ってあげたいと考えましたが、
テレビを見て、そんなものは全くなんの役にも立たない
ことに気付きました。

家具は家があってのもの。壊滅状態の沿岸地域の市町村に
家が立つまでは相当の期間がかかりそうです。
必要になるとしても数か月後か。

毎月、有識者による議論を進めていた岩手競馬の将来方向会議。
おそらく岩手競馬はこれで終焉を迎えることになる。

2011年3月6日日曜日

4月から再就職

ひさびさの書き込みです。
競馬好きのSNSに日記を書くようになったらしばらくはそちらに
エネルギーを注いでしまい、こちらがお留守に。

その理由はひとつだけ。競馬SNSは書き込みに対してのリアクションが
とても早く、かつ多くて楽しいから。

一方、このブログは今までにリアクションがあったのは一人だけ。
書いている内容があまり面白くないのがその理由です(笑)。

3年前の6月に退職して以来、ボランティア的な仕事をやってきました。

いままで商工会議所や商工会連合会(似た組織です)等と
コラボレーションしてきたのが以下の仕事。

1.経営品質向上プログラムの講師
2.さんさ踊りの外国人観光客用ツイッター発信
3.さんさ踊り期間に地酒のおもてなしサービスを企画、実行
4.地元企業3社のコンサルティング。現在は1社。
あと、町内会の役員。63歳でも青年部です(笑)。

さんさ踊り関係のふたつは、どちらも最初の試みだったこともあり
不発気味でしたが、今後も継続できるかどうかですね、鍵は。

ひとりでやることではないので、パートナーの対応次第です。
実は、地酒サービスは関係する組織が多いせいか、方向性を
ひとつにするのが難しい仕事です。
このあとどうしたらよいか思案中。

経営品質の講師とコンサルティングはむずかしさはあるが
楽しみもある仕事です。
地元企業の革新に少しでも役立てばいいと思っているので
報酬はあまり望んでいません。というより、退職してからも
そのような仕事ができることに喜びを感じています。

先月、町内の人から「いま何やってるの?よかったらこういう仕事はどう?」
と紹介してもらったことがあり、一応の面接を経て採用が決まりました。

勤務は月~土、9時~15時、隔週で1日休日、1年契約で最大5回更新、
という条件です。家から歩いて数分。激務でもないのでとても恵まれています。

職種は今までは経験のしたことのない公務員!!
市役所の臨時職員に準ずる身分のようです。
仕事の内容は「児童センターの管理責任者」。
来週は、具体的に打ち合わせがあります。

今年初めに買った『高島易断』に
「社会貢献や様々な組織のお役所拝命の暗示もあります」と
ありましたが、ズバリ当たったのでびっくり。

「策を弄さず正攻法で当たって収穫あり」ともありますから
肝に銘じて新しい仕事あたります。

2010年11月29日月曜日

「団塊世代は寄付しろ」の論を読んで思ったこと

北大の山口教授が「団塊世代は寄付しろ」と日経新聞で訴えていた。
団塊世代は年金もしっかり受給できて、いいとこどり世代なんだから、
若い世代の反発をまねかない為にも寄付すべし、が趣旨でした。

なるほどね。少しは同意できる。私の場合は寄付をお金でなく
仕事でやってるようなものです。

ひとつには地元の中堅企業の経営支援をその企業が払いやすい
報酬でやっていることかな。

もうひとつは”経営品質”の普及活動をボランティアでしていること。
これも地元の中堅企業が対象の活動です。

そりゃぁ私だってお金はいくらでもほしいけど、それよりも仕事を
通して誰かの役に立つ方が今の私には貴重なこと。

あすで63歳になるんだけど、できればあと4~5年はこのような
状態が続けばいいですね。

それにしても63歳なんてちっとも老人じゃないとつくづく思う。
70歳定年説もあるけど案外現実的な提案かもしれない。

そのかわり給料は55歳くらいをピークに、あとは毎年
前年の9割くらいでもいいのではないのか。

55歳で年収500万円の人は70歳で114万円位になるけど
これに年金100万円くらいなら悪くないと思う。

そのかわり条件をつける。それは健康であることです。
たとえば年間医療費が〇〇万円以下をハードルにする。

ハードルを上回った分は年金から差し引く。
そうすると、多くの人は70歳まで長く働き、
かつ年金を受給するためには、あまり
不健康な生活をしちゃいけないなと
考えるので、結果として医療費抑制にもなる。かな?

2010年11月7日日曜日

抽象的に希望して具体的に絶望

1年ちょっと前の民主党の「脱官僚」とか「コンクリートから人へ」などの
キャッチコピーに、多くの国民はこの国がよい方向へ向いていくと
期待したものでした。

ところが「クルクルパー」とアメリカの政府関係者だかメディアにバカにされた
鳩山前総理は、沖縄普天間でわざわざ問題を作り出して見るも無残な
日米関係を再構築。

総理退陣後は「政治家をやめる」と言ったのに「辞めるのをやめる」と
言い出す始末。 頼むからもう何もしないでほしいですね。

鳩山の後の菅総理も期待外れ。
唐突に消費税を上げる話をしたところから始まり、いまだに
日本をどうしたいのかを自分の言葉で伝えられていない。

たぶん野党時代には本気で日本をどうするかについては
なにも考えていなかったんだね。 野党のときは無責任に
攻撃しているだけでよかったのが、責任政党になったとたんに
能力不足が露呈してしまった。

あんまり無能な総理が続くので、韓国みたいに有能なビジネスマンが
トップになったほうが国際感覚や国の経営センスもあるだろうから
今よりはましなのではと思ってしまう。

民主党にも自民党にもまだ有能な政治家はいるだろうから、
はやく世代交代して新しいビジョンを示してもらいたい。
もう、団塊おやじたちはおとなしくするべきだね。

2010年9月26日日曜日

愛犬が旅立ちました




今日の午前9時40分頃、我が家の愛犬ミニー(牝19歳)が息を引き取った。
今年の3月から寝たきり状態になり、一カ月前まではドッグフードも食べていたが
ここ数週間は水、牛乳、アクエリアスなどの水分だけ。
そして先週からは自分でも飲めなくなったので注射器で口から与えていた。
今朝は注射器からもほんの少ししか飲まなかった。
しかし、(おそらく)あまり苦しむこともなく静かに息を引き取った。
私はその時間は町内運動会で、ちょうどミニボーリングなる種目に参加していたが
娘の良子が最期を看取ったと妻から聞いた。
19年間一緒に暮らしたということは、もうすっかり家族の一員でもあった。
亡きがらをじっと見ていると、若いころに杉土手の散歩コースで思う存分
走り回ったこと、私が木の陰に隠れても見つけるとうれしそうに走り寄って
きたことなど思い出し、ちょっと胸がつまってしまった。
明日は”火葬”。息子が東京から戻ってくれると聞いて、その気持がとても
嬉しい。
                                          合掌

2010年9月13日月曜日

ずるそうな人と悪そうな人の戦い

明日は民主党の代表選挙。ずるそうな菅さんと悪そうな小沢さんの戦い(笑)。
どっちがましなのか? という意味の選択は情けないです。

イラ菅と呼ばれる現総理って人間的にどうなのか?
「親にもこんな怒られ方はされたことが無い」と部下がこぼすほど容赦なく
人前でしかりつけるという話が週刊誌に載っていたけど、もしそんなお方が
上司なら会社をやめたくなるよね。

社長だったらそんな会社は人材が育たなくて早晩衰退するでしょう。
菅さんは人徳が欠如している人間だと思わざるを得ないです。
そんな人に日本を代表してもらいたくはない。でも鳩山よりはマシかな?

小沢さんは以前「民主党に政権担当能力は無い。大同団結しましょう」と
自民党の福田さんに呼びかけたことがあるけど、今だってそう思ってるかな。

どっちに転んでも、いまの民主党じゃ浮上はできそうもありません。
ここは大きいテーマで志の同じ人が集まって再編するしかないですね。

大きいテーマ:①憲法改正 ②靖国参拝 ③日米安保堅持 でどうでしょうか。